【T-Startupインタビュー】機能性と美の融合で“自由”を叶える。ウィッグの常識を変える挑戦 ー株式会社ハリイ
富山県のスタートアップ支援プログラム「T-Startup」に3年連続選定された、株式会社ハリイ。代表取締役の池野順子さんは、実体験から生まれた「スポーツウィッグ」の開発に取り組んでいます。スポーツウェアの技術を取り入れた革新的なウィッグを開発し、誰もが自由に動ける未来を目指しています。池野さんの熱い想いと、挑戦の軌跡を伺いました。
池野順子 氏(いけの・じゅんこ)
株式会社ハリイ代表取締役
東京都東大和市生まれ。文化服装学院アパレルデザイン科卒業。国産カジュアルブランド、株式会社ラコステジャパン、アディダスジャパン株式会社、株式会社ゴールドウインの商品企画に従事。2022年9月に富山県へ移住し、2023年2月にharih Corp.設立。大阪府認定NPO法人CSOフォーラム2023プラン賞受賞。2022年度より3年連続T-Startup企業に選定。
自身の経験から生まれた、スポーツウィッグ開発への挑戦
―本日はよろしくお願いいたします。はじめに、スポーツウィッグの開発に至った経緯を教えてください。
池野氏 2018年に全身の毛髪が抜ける「汎発性脱毛症」を発症しました。既製品のウィッグを使い始めたのですが、ヨガやサーフィンなどのアクティビティをする際にずれてしまったり、水に入ることができなかったりと、多くの制約を感じました。「なぜ技術が進化しているこの時代に、ウィッグがこんなに使いにくいのか」と疑問に思い、自分でウィッグを作りたいと考えました。そこで、大手ウィッグメーカーで約10か月アルバイトをし、ウィッグの構造やメンテナンス方法を学びました。「自分でも作れるかもしれない」と感じ、開発を始めたのがきっかけです。
ースポーツアパレルの分野での経験が、ウィッグ開発にどのように生かされていますか?
池野氏 私はスポーツアパレルの商品企画に25年以上携わり、最先端技術に触れてきました。スポーツウェア業界では、アスリートのパフォーマンスを向上させるために1gの軽量化にもこだわります。しかし、ウィッグ業界は“見た目の自然さ”が最優先され、利便性や快適性が後回しになっていました。スポーツウェアの発想を取り入れ、着用者のQOLを向上させるウィッグを作りたいと考えています。
―現在は、どのようなウィッグを開発しているのですか?
池野氏 現在は、ヨガやジョギングなどの軽度なアクティビティに対応できるウィッグを開発しています。最終的には水中でも使用できるウィッグの実現を目指しています。実際に、「部活動で使いたい」というご要望が小学生から高校生の親御さんから多く寄せられています。
また、他社のウィッグと異なる点として、顔周りに樹脂製の素材を入れる特許技術を採用しています。さらに、3Dプリンターで作成した頭部模型から成形する独自開発の無縫製ベースニット(特許申請中)を使用しています。一人ひとりの頭の形に合わせたオーダーメイドの設計が特徴で、どんな方にもぴったりフィットするウィッグを提供できるのが強みです。
ウィッグだけじゃない!快適性を追求したインナーキャップの開発
―スポーツウィッグに加えて、インナーキャップも開発されていると伺いました。どのような製品なのでしょうか?
池野氏 ウィッグを長時間着用する方にとって、暑さと匂いが大きな課題です。特に夏場は不快感が強くなります。そこで、インナーキャップには銀メッキ糸を採用し、抗菌・防臭効果を高めました。さらに冷温対応のジェルパッドを後頭部に挿入することで、夏は冷却、冬は温めることができます。
―スポーツ以外の用途でも利用が広がっているようですね?
池野氏 はい。ウィッグ利用者だけでなく、サイクリストやフルフェイスのヘルメットを使用するバイクライダーにも人気があります。イベント出展では多くのライダーに実際に着用いただきました。UVカットや防寒性の機能も好評です。
他にも、富山市のホテル「リバーリトリート雅樂倶」でのサウナイベントでは、サウナキャップとして使用され、のぼせにくいとの声もいただきました。
“ものづくり県富山”だからこその強み
―東京都出身の池野さんが、富山県での起業を決意された理由を教えてください。
池野氏 以前、スポーツアパレルブランド「ゴールドウィン」の仕事をしていた頃に、本社が富山県小矢部市にあった関係で年に2~3回は富山に訪れていました。富山の人の優しさや、美味しい魚介類、お酒、豊かな自然に惹かれ、「富山はいい場所だな」と思っていたんです。
また、当時東京では創業支援が5年目までしか受けられず、個人事業主6年目の私にとって支援の選択肢が限られていました。一方、富山には「SCOP TOYAMA」など創業と移住の支援制度が充実しており、T-Startupもスタートするタイミングだったので、移住を決意しました。
―東京と富山では、起業環境の違いを感じますか?
池野氏 東京ではITスタートアップの支援が多く、ものづくり系への支援は少ない印象でした。富山はものづくり県ならではの充実した支援体制があり、試作や研究のサポートが手厚いです。例えば、生活工学研究所やデザインセンターでは3Dプリンターの活用や助成金のサポートを受けることができました。
助成金の倍率も、東京では7倍、富山では2倍と、競争率で優位なことも魅力でしたね。
「病気によってあきらめることのない社会」を目指して
―今後の展望について教えてください。
池野氏 まずはスポーツウィッグの本格販売を2025年中に開始する予定です。サブスクリプションサービスでの販売や、抗がん剤治療の終了後に不要となったウィッグを回収・整備して次の利用者に提供する循環型の仕組みも作っていきます。
さらに、ウィッグのオーダーメイドのDX化を推進し、自宅で3Dスキャンを使ってフィットするウィッグをオーダーできる仕組みを構築したいと考えています。
―ウィッグをより身近なものにしたいという想いが伝わってきますね。
池野氏 そうですね。私たちが掲げるコンセプト「チャレンジドビューティー」には、ウィッグを隠す為のアイテムではなく、機能的で美しく、前向きになれるアイテムとして活用してほしいという想いがあります。病気を抱える方も、そうでない方もウィッグをファッションとして楽しめる社会を実現したいです。
私たちのミッションは「病気によって諦めることのない社会をつくる」ことです。今後、ウィッグだけに限らず、病気や障がいを抱えた方が自分らしく生きられるプロダクトをどんどん生み出していきたいと思っています。
富山のものづくり環境を最大限に活かしながら、さらなる成長を目指す池野さん。「チャレンジドビューティー」が広がり、多くの人に勇気と希望が届くことを期待しています。
「T-Startup Leaders Program 2024」について
T-Startup企業とは、高い成長が見込まれ、富山県内外のイノベーションを牽引する可能性を秘める県内企業です。本プログラムでは事務局を中心とした伴走メンターにより、選定企業の成長目標や課題などを元にプログラム期間内での最適な支援内容が策定され、6ヶ月の期間で急成長に向けた伴走型のハンズオン支援が提供されます。
【T-Startupリンク】
https://t-startup.jp/